1970~1980年代の日本の経済状況

 

1970年代

工業大国である日本は通商産業省(現経済産業省)中心に行われた「超LSI技術研究組合」を発表。

業界の競合会社同士で研究を重ね、技術課題を取り組むということは世界的に異例の出来事でした。

これが見事に成功し、日本の半導体産業は世界のトップに躍り出ました。

と同時に、日本は技術先進国だとアピールすることに成功しました。

1980年代

しかし、日本はバブル景気の影響で、アメリカに対し日米貿易で莫大な赤字を生んでしまい、アメリカから産業面で圧力をかけられていました。

この状況を打破するためには、アメリカだけでなく世界に対して日本が一歩リードする必要があったのです。

半導体産業で世界トップとなった日本が次の目標としたのが、コンピュータ分野での世界進出でした。

第五世代コンピュータについて

日本のIT産業の振興のために国家プロジェクトをいくつも推進してきた。しかし、その成果は必ずしも良いというわけではありませんでした。

1982年に通商産業省が国家プロジェクトとして第五世代コンピュータの開発をスタートさせました。

このプロジェクトは、日本語で命じると動くコンピュータを目的として開発するものでした。

また、世界中を巻き込んだ国際的貢献を果たすだけでなく、日本は技術大国としてさらなる発展をしていくのだとアピールするためのものでもありました。

「次世代は第4世代言語が主流となるだろう」と考えられていた当時。

それに対してその先の未来を目指すコンピュータとして、「第五世代コンピュータ」と名付けられた。

1982年から1994年にかけて、13年間に約570億円の国費を投じて第五世代コンピュータ・プロジェクトが推進されました。

しかし、当時はコンピュータに取り入れるための「知識」となるデータが少なかったのです。

誰でも利用可能なオープンな情報が爆発的に増えたのはインターネットの登場後から。

さらにWEBが普及したのは1990年後半から。

googleの創業は1998年からです。

ましてや「日本語で命じると動くコンピュータ」を目指してゆく中で、膨大な情報が必要不可欠です。

その情報を取り入れることは、当時では難しかったのです。

人工知能の研究に世界中から優秀な研究者が集まり、世界的にも注目を浴び、莫大な国家費用をつぎ込んだが、当初の目標通りにはいかなかったのです。

 

 

これまで「ブーム」と「鎮静期」を繰り返していた日本の人工知能の歴史。

たしかに、結果として目標達成できてないと言われればそれまでだが、日本の人工知能に対する考え方や方向性は間違っていないと感じます。

第五世代コンピュータの開発にあたって、もしWEBの出現があと15~20年早かったら、もしかしたらこのプロジェクトは世界を震撼させていたのかもしれません。

結果自体には賛否両論ありますが、日本はいい意味で世界へ挑戦し、堂々と戦ったのではないでしょうか。

その挑戦こそが今後の人工知能の発展へつながっていくのではないでしょうか。