人工知能によって労働をしない時代がくる

 

世界各地で人工知能による驚異的な技術革新が進み、ヒトの仕事が機械に代わる、仕事のなくなる時代が目の前に…。これまで人類が経験した技術的失業は2度ありますが、この先訪れる技術的失業は人類が経験したことのない規模になると言われています。

 

1度目は第一次産業革命。石炭で動く蒸気機関が登場した流れで、織機・紡績機がオートメーション化したこと。2度目は第二次産業革命。電気や石油を利用した重化学工業の発展でした。

 

どちらも新しい産業の始まりによって人の労働力が失われましたが、別の需要も生まれ、労働は今日まで続いています。1990年代から続いている第三次産業革命(情報通信産業)においては、人工知能(新しい技術)に代替される分野の広さと速さが前代未聞。

 

人間が100%労働をしない時代が来るのかはまだ断言しかねますが、確実にいえることは、これまでのヒトがそうであったように、新しい技術を使いこなせなければ失業する可能性が高くなるでしょう。

 

 

働かなくてよくなると暇を持て余す?

 

今いわれている、2030年~2045年を境にして、本当に人工知能に人間の労働がとって代わられる、人間が働かなくてよくなるとすると、そのまま何もしないで暇を持て余してしまうような人生がやってくるのでしょうか。

 

仕事をしなくなる(できなくなる)層と、人工知能を使いこなすことで仕事ができる(生まれる)層というように。

 

今現在においても多くの人間は、何かしらの仕事をしながら大半の人生を過ごしますから、それが無くなってしまう事で多くの人間が「生きがい」を失ってしまうのではないか、という懸念の声もあります。

 

ニーチェの残した言葉 『末人になるな、超人たれ

 

1844-1900年と現在から100年以上も前の時代を生きていたニーチェですが、著書『ツァラトゥストラはかく語りき』にて、将来「末人」と「超人」が現れる事を予見しています。

 

「末人」とは、安楽により満たされ、ある種の達観めいたものを持ってしまう事で、内に潜む衝動を失ってしまった人々の事です。

その対極として提起された「超人」というのは、人間が人間を超えることを指し、これまでに決められた善・悪、真理に依ってではなく、自らの意志により切り拓く人々とされています。

 

勿論、「末人」と「超人」どちらが正しいとは言い切れません。

 

ですがニーチェの予見は、人工知能時代に問われる「何が人間の価値として残るのか」という問いへのヒントが含まれているのかも知れません。

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