「人工知能の父」マービン・ミンスキー。

彼は人工知能のロボットに心を持たせようとしました。

さらに彼は「Will Robots Inherit the Earth?」の中で次のように語りました。

 

「地球の主役はロボット(人工知能)になってしまうのか?

そう、だが彼らを“人類の子供”と捉えるべきでしょう。」

 

一体、彼は人工知能に対してどのような研究をし、功績を収めたのでしょうか。

 

 

マービン・ミンスキーとは

マービン・ミンスキーはアメリカの数学者であり、物理学者であり、コンピュータ科学者でもありました。

人工知能を取り巻く、医学や計算機科学分野においても偉大な業績をあげた天才タイプの学者・研究者・技術者になります。

 

ピアノを愛して弾き、哲学者の顔や文筆家の顔も持ち合わせた面もあり、天才という言葉だけでは足りない人物でした。

 

最後まで籍を置いた米マサチューセッツ工科大学(MIT)で名誉教授として、人工知能にすべてを賭けていましたが、2016年1月24日、脳出血のため88歳で逝去されました。

 

学問という枠に納まらず、映画「2001年宇宙の旅」のテクニカル・アドバイザーとしてかかわったりしたことも有名な話です。コンピュータ「HAL9000」の描写アドバイスをスタンリー・キューブリック監督がマービン・ミンスキーに求めて、あの映画は完成しました。

 

なぜ「人工知能の父」といわれているかといえば、パソコンやインターネットがまだ発明されていない時代、1950年から人工知能の研究を始めているからで、この時代に目覚めていない分野の取り組みをしていました。彼は今世紀の天才といっても過言ではないでしょう。それも、1927年生まれですから、23歳のことです。

 

1956年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で開催された「ダートマス会議」の発起人であり、1959年、同じく人工知能のパイオニアと呼ばれるジョン・マッカーシーと共に、人工知能研究所を設立したひとりでもありますから、まさに初期の人工知能研究を行った人物であり、人工知能の基礎や歴史を作った人物なのです。

 

マービン・ミンスキーが確信していたことは、コンピュータという機械が『命令実行』をするだけのものではなく、それ以上の存在であり得るということでした。この確信をもとに人工知能の分野を理論化してプログラミングをした功績は、この20世紀から21世紀にかけての多大なる遺産となるでしょう。

 

 

 

マービン・ミンスキーの人工知能に関する研究内容

すでに1960年において、人工知能への歩み(Steps Toward Artificial Intelligence)という論文で、人工知能実現への道筋を歩んでいたマービン・ミンスキーですが、著書で有名なのは、「心の社会」がまず挙げられるでしょう。1986年、「心の社会」理論は同名で出版され、人工知能研究の定番の入門書であることはいわずと知れたことではないでしょうか。

 

大昔から問われてきた“心の働き”。この問いに対しての回答が革命的であることはいうまでもなく、マービン・ミンスキーが長年の研究で取り組んできた、人間の知能を考える上の新しい方向性を示しているのです。

 

以前は、人間の人格とか思考とかいうものを考えるとき、1個の大きなメカニズムだと考えられていたのですが、マービン・ミンスキーは、「一つひとつは心を持たない小さなエージェントたちが集まってできた社会」だと唱えました。

つまり、心はプログラミングが可能だといっているのです。ここから人工知能の大きな前進が始まったといわれていますから、「人工知能(AI)の父」というのもうなずけるでしょう。

 

また、マービン・ミンスキーは、コンピュータ科学のみならず、認知科学すべてにも多大なる影響を与え、貢献をしています。

例えば、ニューロンは半自動的に組織化される脳内リレーであるとし、それはコンピュータのような機械にとても近しいものであるということを唱えました。

このように、研究者として多数の、そして大きな業績を挙げたことはもちろんですが、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の名物教授としても知られ、後に続く著名な計算機科学者や人工知能研究者を育てている功績も、また忘れてはならない偉業だといえるのではないでしょうか。

 

 

 

マービン・ミンスキーが人工知能研究の発展や産業へ貢献した功績

「知性とは何か」という難関究める問いに、若い頃からチャレンジしていたマービン・ミンスキーは、「他に挑戦すべき価値があるものは思いつかなかった」というほどに、人工知能という機械に知性を持たせようとした研究に没頭していました。

肩書を挙げたらきりがないマービン・ミンスキー。
垣根のないあらゆる分野に精通していたことを証明する“オールラウンドの尽きない好奇心”が、21世紀を劇的に変えるであろう人工知能を最も早くとらえ、研究し始める原動力となっていったのでしょう。それは、20世紀に出現した怪物であるコンピュータという機械をも超えた研究になるといわれています。

 

1950年から人工知能の研究を始めてから、次の年、1951年には、すでに「ハードウェアのニューラルネットワークを利用した機械学習デバイス=ニューラルネットワークラーニングマシン」を完成させてしまいました。

おそらく、これが世界初となる「自己学習型人口知能」になるようです。その研究功績に対して1969年ACMチューリング賞、1990年日本国際賞などをはじめとする多くの賞を受賞しています。

 

わずか数年後の1957年には、「共焦点顕微鏡」も発明していますから、どれも学生時代に常人ではないことばかりを成し遂げてきたのです。

 

どちらも革命的な出来事で、特に人工知能分野での先駆者としての研究は、コンピュータ科学に多大な影響を与えたことは間違いなく、誰もなし得なかったことを20~30代で成し遂げたのです。